チルチルのひとりごと 国際女性デー

この世には「女子会」なるものが存在する。

もちろん男子禁制の無礼講で、男がいないことをいいことに、旦那や彼氏や男性同僚・・・とにかく男に対する不平不満を大放出できるチャンス。

先日、国際女性デーがあり、それに合わせたのか知らないが、ブリュッセル中心地のお洒落なレストランで3月8日に女子会が開催された。

なぜだか前から男性一人で参加していたOさんからお誘いメールをいただき、男性の私も行くことになった。女子会といいつつ、ゆるいルールなのかもしれない。

 

当日、晩の7時の開催に間に合うように6時すぎには家を出たが、途中のフラジェイで私の乗ったバスがパタリと止まった。「テルミニス〜。テルミニス〜。エーンド・プント」運転手の声がスピーカーから響き渡る。「終点」の意味である。

おいおい、終点のわけあるかい。まだ途中やないかい。

「なんか、国際女性デーの行進の進路が変わったみたいで、この先の道が急にブロックされてるみたいや」ガラの悪い男性運転手がそう私に告げた。

思わぬ場所で足止めを喰らうと、人間はパニックになる。え、フラジェイからセンターまでバスなしでどうやって行くの?

ベルギー人たちは慣れたもので、そそくさと別の交通手段を探して足早に去って行く。私も周囲を見渡すと、カフェ・ベルガの前に「ド・ブルッケール行き」と行き先表示のしてあるバスが停車しているのを見つけた。(ド・ブルッケールは中心地にある)

 

無線を使ってバス会社とやりとりをしている運転手は、短い髪の女性だった。混乱に陥った交通網の、どこをどう抜けていくのか調整している。

このとき思い出したのが、まさにその朝、テレビで放送していた1960年代の街頭インタビューの資料映像である。

「女性がバスの運転をすることについて、どう思いますか?」という質問に、街角の市民が答えるというものだ。最初の男性は「女性のほうが運転が丁寧だし、まったく問題ないよ」と紳士的に答えた。次の中年女性は「女のドライバーなんて、まっぴらごめんさ」と言い放ち、最後の恰幅のいい男性は「女に運転なんかできっこないさ」と今の時代からすると相当問題になりそうな発言を披露した。

このバスがどこに向かうか、女性運転手が無線越しに議論していると、男性警察官がやってきて、こんな場所にずっと停車していては困ると告げた。運転手は、その警官をていよくあしらい、私を含めて入口でぐずぐずしている乗客難民に、乗車するように促した。どうやらルイーズ通りを経由して中心街まで行ってくれそうだ。

 

一緒に乗り込んだ乗客のなかに、2人の黒人の女性がいた。「トローン駅まで行きたい」と言っていたので、おそらくコンゴ系なのだろう。その近くにはアフリカ系の街がある。犬を連れて、楽しそうにおしゃべりしている。

昔をさかのぼれば、1955年のアメリカ南部で、黒人がバスに乗車することで人種問題に一石を投じたのはローザ・パークス女史だった。64年間で黒人女性を取り巻く環境はだいぶ変わった。見えにくい職業差別などがなくなったとは言わないが、公共交通ではだれもが平等に扱われる。黒人女性の2人は悠々と座席に座り、迂回バスが最高裁判所のあたりでしか停まってくれなかったことに、ブーブーと贅沢な不満をもらしている。(歩けない距離じゃないんだから、我慢しなさいよと言いたくなる)

とにかく、ワンちゃんと一緒に2人は降りていったが、ふと、座席にトートバッグが残されていることに、私は気がついた。忘れ物だ!

すぐに女性運転手に出発しないでくれとお願いし、まだ開いていた扉から彼女たちに大声で呼びかけた。「マダム!マダム!」

運よく気がついた黒人マダムは、私が掲げたトートバッグを見て、ああ、それそれ〜、忘れてたわ〜と、戻って来た。安いコットンのトートに、大したものは入ってなさそうだったが、身の回りのものがなくなると本人はそれなりに困るだろう。無事手渡すことができた。黒人が席を取り上げられるどころか、至れり尽くせりだ。20世紀半ばあたりまで振り返ると、たしかに時代は変わった。さらに足りない諸々を手に入れようと、デモ行進も派手に展開したみたい。

 

女性運転手に礼を言ってバスを降りると、15分ほど遅刻して女子会に加わった。

遅れてスミマセン。

こんな経緯がありまして、、、という長い言い訳は、以上の通りです。

 

15.mar.2019 written by Tyltyl