チルチルのひとりごと ドイツのバター

バター大好き人間の私にとって、静かな衝撃を受けた今回のドイツ旅行。改めて食文化の差を感じたトリアーへの週末小旅行での発見を書き残す。

親しいドイツ人の友人アクセルの誕生日に、ドイツのトリアーという街に行くことになった。ベルギーのブリュッセルからだと、リエージュとルクセンブルクの先にある国境を越えてすぐのところ。

友人とその家族に合流する前に、比較的近くの山城であるエルツ城を見学することにした。

ブリュッセルを朝出発して、休憩を含めて4時間も車を走らせると城に着く。ちょうどお昼時間だったので、城内を見て回る前に併設のカフェテリアでランチとなった。

久しぶりのドイツ。やっぱりソーセージを食べたいなと思い注文すると、「ソーセージ」というのは単品で、付け合せのポテト(フライやサラダなど種類を選べる)は別注文になるという。いささか割高なのは、観光地なのでしょうがないか、、、と我慢することに。高速道路の運転で喉が乾いたのでビールもとなると、さすがドイツ。大きいボトルで出てきた。

 

ここでふと気がつく。パンがないじゃないか。

 

「パンはつかないの?」

「つきません。ポテトサラダをお頼みになったじゃないですか」

「いや、ポテトはポテトで、やっぱりパンが欲しいんだけど」

「別料金ですけどいいですか?」

(またかい!)「、、、いいですよ」

「はい、パンです」

「、、、バターは?」

「バターはありません」

「別料金ってこと?」

「いや、ここにはバターはありません」

「!!」

 

ドイツ、では、ジャガイモが、主食、パンとバターは、必須、ではない、、、。

 

春だというのに寒くて凍えそうな山城のカフェで、私はドイツとベルギーの見えないけれども強力な壁に行き止まり、異文化パン論の真実を、習いたての教義を反芻するかのように唱えた。パンにバターはフランス語圏の文化だと遅まきながら悟った瞬間だ。

この日、別の山城(といっても、こちらは遺跡のような風情)に入っているレストランで食事をしたが、付け合せに皮付きポテトやパスタがついているからか、パンとバターは出てこなかった。なにか忘れ物をしているような違和感。ベルギー生活で染み付いた平衡感覚が揺るがされるような静かな危機意識。

お隣の国なのに、ドイツ人の根本的な食事情について、私は無知で過ごしてきたわけだ。今、ここで文章にしながら、そういえば、イタリア人ならパンにオリーブオイルだわな、とも思い当たる。やたらと軽い食感のものをフィレンツェで食べたじゃないか。(脱線するが、暑い国に行けば行くほど料理も飲み物も人間さえも、すべて軽くなる傾向だ。ドイツといえば酸味のある黒くてどっしりしたライ麦パンか)

そして、ブルターニュ出身のフランス人の友達トマが、2週間くらい前のサンデー・ブランチで、自分が使う分のバターをさらりとナイフで取り皿に確保する鮮やかな手際を、ドイツの古城でまざまざと思い出したのである。

 

エルツ城は、保存状態の非常に良い城だ。現在も中世の姿を再現すべく修復家たちのたゆまぬ努力が続けられている。残念ながら城内は撮影禁止で、というのも現在の当主が「自分の家の中」を写真に撮られたくないというのが理由で、外観の写真しか撮れなかった。

山城という意味ではベルギー・アルデンヌ地方のモダーブ城に近いが、より質実剛健な感じがドイツの城という風情を漂わせる。ガイドのお兄さんも、しっかりと45分間の解説を頑張ってくれて、なかなか楽しいツアーとなった。

 

さて、バター事件というか、バター不在事件というか、この謎にまた新たな側面から光を当てる食文化の発見が、ドイツ人の友人のおかげで得られた。アクセルの誕生日パーティーの場所に選ばれたのは、モーゼル地方ワインの生産者が経営するホテルで、そこには大きな宴会場があった。

古い建物になんと100人以上の客が集まり、中世の雰囲気でドイツの古民謡を聴きながら、歌いながら食事をするという。その詳細はまた別の機会に書こうと思うが、テーブルに着くなり運ばれてきたのが、ニンジンやリンゴなどのカゴ、自家製と思わしき田舎パン、そして木の棒が突き刺さったロウソクのような物体だった。陶器のカップに入れられ、棒が刺さったロウソク、、、。なんだこりゃ?

またしても思考が固まる。ロウソクっぽい物体は、少し肌色がかった乳白色で、中心に突き刺さった棒と思えたものは、皆が手に取って扱う様子を見ると、細い匙のようなものだと分かる。

不審な目で私が見るなか、我が友アクセルは、パンをちぎり、意外に柔らかい「ロウソク」をそこにつけ、さらに塩をまぶしてパクつく。

 

「それってバター?」

「はっはっは、ラードだよ」

ラード。脂ですか。ほほう。そうきましたか。

 

今、調べてみると、「シュマルツ」(Shmalz)は、家禽の動物性脂肪を融かして精製した食用油とのこと。パンに塗って食べるのはもちろん、炒め物に使ったり、揚げ油として利用したりする。

欧州に住んでいながら、勉強不足で知らないことは多い。私も少々食べてみたが、ドイツのバターはこれといって強烈な味や香りのしないものだった。ベーコンのような燻製香もない。

あっさりとしたものだが、アクセルはそれをどんどん胃袋の中に放り込んでいく。量を食べれば、その脂肪の塊は確実に人間の体を変化させていくだろう。宿の主人や従業員たちの堂々とした体躯を見ていると、それが長年シュマルツを食べ続けた結果なのか、そもそもDNAにプログラミングされた姿なのか、私も「ドイツのバター」をつまみながら、つらつらと答えの出ない疑問を味わうのであった。

 

by Tyltyl 21.apr.2018

 

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