ポケモンGOとモーレンベーク

ポケモンGOのせいで「物理的な」人の流れが変わり、あやしげな集団が「ポケストップ」や「ジム」の周りをうろうろしたり、夢遊病のように街を徘徊するオタク@戸外が増えたりと、このGPS連動型のゲームはベルギーでも社会現象となっている。

遅ればせながら数日前にポケモンGOをダウンロードして、プレーをはじめた。はじめて見るモンスターに出会うと、その奇天烈なデザインが愉快。ぐるぐると回転をかけてカーブさせた球が見事にヒットすると嬉しい。トラムに乗って出かけると、ハンティングやアイテム取得がはかどることも分かった。今はレベル6。やっとジムで戦えるようになったが、まったく勝てない。ボールなくなり新キャラを取りのがした悲哀も味わった。

・・・と、ゲームをしていない人にはまったくワケが分からないかもしれないことを書き連ねてしまったが、モティベーションは、世界的現象になったMADE IN JAPANのゲームを体感してみたいということに尽きる。ITや機械などには明るいほうだと思う。でも、ゲーマーやオタクではない。ポケモンGOをやっているというと、よく誤解される。

昔お世話になった編集会社の社長が、世間で流行っているものを見知っておく必要性について逸話を語ってくれた。

彼が若かった頃、「T君、大ヒット映画『○×△』はもう見たかね?」と先輩に聞かれた。

「いいえ、あんな低俗な娯楽映画は、僕の趣味じゃありませんから」

「なにをバカなことを言っているんだ。君が好きかどうかは問題じゃないんだ。なぜ流行っているのか、編集者なら実際に見て研究すべきじゃないか」

先輩に諭されてT社長は、世間で流行っているものは、一通りチェックするように心がけているという。彼なら妖怪ダンスも踊ったに違いない。

さて、ポケモンGOが気づかせてくれたものは、いくつかある。GPSで実際に自分がいる「物理的な場所」に制限を設けたという点、これはSECOND LIFEが「架空の場所」を使っていたのと対照的だ。アイテムを獲得できる「ポケストップ」により「えぇ、こんなところにチェコ文化センターがあるの?」なんて新しい発見もある。そして、テロ事件で有名になったモーレンベーク地区は道路すら表示されない空白地帯になっていることも分かった。イスラム教の一派がポケモンに聖戦を挑んでいるという。馬鹿げた話だが、実害があるとすれば無視できないのだろう。

「アイドル」に夢中になる=悪というのは、少しだけ分からないでもない。このゲームは全体の感覚としては「楽しい」というより「没頭して無駄な時間を使ってしまった」という後味がある。本当に何か生産し学ぶのではなく、基本は時間と電力と通信費の消費であり、どこか薄いレベルでの出会いに一喜一憂するみたいなところがある。この先、人間的成長を促すドラマチックな展開が待っているとは思えない。フランス語の単語の一つでも覚えたほうが有益に違いない。まあ、それがゲームの本質「浪費」というものの美しさなのか。

ところで、年末のクリスマス商戦に向けて、ポケモンGOみたいなスターウォーズGOが登場するというウワサを聞いた。同じシステムを使えば、何だってありだ。ヒエロニムス・ボッシュGOや、八百万の神GOや、出世魚GOでも作ればいい。あまりうまい例が思いつかないけど。

2.sep.2016 by Tyltyl

 

 

 

 

 

 

 

 

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