【コラム】言葉変われば地名も変わる!?

多言語国家ベルギーを訪れる日本人が、少なからずカルチャーショックを受けることに、地名の表記が異なることがあります。

だいたいベルギーの国名からして、Belgique(仏)/België(蘭)/Belgien(独)と公用語の3つでこれだけ綴りが違い、当然発音も変わります。

首都ブリュッセルはというと、Bruxelles(仏)/Brussel(蘭)という綴りの違いが明らかに見て取れます。違うけれども、それなりに似ている。なんとなく同じ街だと分かれば、それで大問題には発展しませんが、問題はその距離がかなりある場合。

類似度が低いといえばリエージュ(Liège 仏)でしょう。オランダ語の表記は(Luik 蘭)です。うーむ。Lから始まるのはいいとしても、かなり違う・・・。(汗)

同じようなレベルの乖離が見られるのはアントワープ。Antwerpen(蘭)/Anvers(仏)。日本人が馴染んでいるアントワープは英語発音で、本場ではアントウェルペンといいます。それのフランス語版はアンヴェース。似てない。

カリオン(鐘楼)で有名なメヘレンも強烈です。Mechelen(蘭)/Malines(仏)。私自身、この二つの表記が同じ街だと気がつくまで、5年以上かかりました。

さらに類似度が低いというより、全然違うじゃないか!と憤慨するのは、仏語圏のモンス(Mons 仏)です。オランダ語はベルヒェン(Bergen 蘭)と書きます。なぜ、こういう違いが生まれるかというと、これが「意訳」だからです。モンスの意味は「山々」ということで、これをオランダ語の「山々」を表すBergenとしたら、見た目にも発音にも全然違う名前になってしまいました、というわけです。

たとえば高速道路を車で走って、地名の書かれたパネルを頼りにブリュッセルからモンスに行くとしましょう。もちろん最初はMonsをめがけていきます。ところがオランダ語圏に入るとMonsは消えてBergenに表記が変わります。ベルヒェンがモンスだと知らない人は、あれ、この道で合っているのかな?と不安になります。いやいや、意訳はやめましょうよ。初心者には分かりにくいから・・・。

百歩譲って「意訳」は許したとしましょう。そういう通りの名前もブリュッセルにはたくさんあります。しかし、「誤訳」とあってはまたややこしくなります。ただ、面白い話なので、ひとつ逸話を書いておきましょう。

ブリュッセルのグランプラスの市庁舎の裏側は、アミーゴ通り(Rue de l'Amigo 仏)といいます。アミーゴは友達の意味ですが、これはスペイン語です。

なぜそうなったのかというと、今のベルギーがまだ存在していなかった昔、スペイン帝国がこの地を支配していた際に、駐屯していたスペイン兵がオランダ語からスペイン語に翻訳したのです。しかし、スペイン兵たちは、ひどい勘違いをしていました。その通りにはかつて牢屋(Vrunte 蘭)があり、通りの名前は牢屋通りだったのです。彼らは「牢屋」を似ている単語の「友達」(Vriend 蘭)だと思い込んで、アミーゴ!と意訳(誤訳)してしまったわけです。本当はVruntstraat

フルンテとフリント。似てますか? まあ、似てなくもないでしょう。ははは。愉快ですね。どうしてそんな初歩的ミスが放置されたのか、歴史ミステリーはさておき、この通りにはホテル・アミーゴという高級ホテルが実際に存在します。グランプラス至近にご宿泊されたい方は、これ以上ないほどの立地ですよ・・・と。

さて、日本人子弟が通う日本人学校があるオーデルゲムを見てみましょう。よく使うフランス語ではAuderghemと書きますが、オランダ語ではOudergemです。ちょっと機会があって区の助役さんにお会いして、名刺にOudergemと書かれてあるので、ああ、オランダ語でこういう表記なんだと再認識しました。

なんとなく響きからも分かるように、こちらの語源はオランダ語で、フランス語のほうが翻訳版です。元々の意味は「古い屋敷/領地」という説があります。音訳するにあたって綴りをフランス語風に変更した典型例ですね。

では、テロ事件が発生した悲劇のマールベークを見てみましょう。MaelbeekMaalbeekという非常に似た綴りがありますが、どちらがオランダ語でどちらがフランス語かお分かりでしょうか?

答えは微妙! まず両方ともオランダ語です。 Maelbeekが昔ながらのオランダ語の綴りで、Maalbeekが現代オランダ語の綴りです。ただし、フランス語表記では昔のままを残しているので、フランス語の新聞や地下鉄の表記にはMaelbeekが使われます。ややこしい・・・。

 

ところで、最近、仲間内の誕生日パーティーで会ったドイツ人の友人が、年末に一緒にスキーに行かないかと聞いてきました。行く先はチロル地方。オーストリア、スイス、イタリアにまたがる風光明媚な山岳地帯。彼が懇意にしている宿があり、1週間ほどのんびりすごすという。

「その村の名前はドイツ語だとRidnaunで、イタリア語だとRidannaだ。言語によって綴りが違うんだ。まあ、ベルギーじゃあ、よくある話だから驚かないだろうが」

ええ、驚きませんよ。むしろ、そんな小さな差でありがたい。

20.sep.2019

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