推理小説の巨匠、松本清張が、オランダとベルギーを舞台に描いた中編の作品がある。日本人のブリュッセル駐在員がバラバラ死体にされ、アムステルダムの運河に浮かんでいたという物語は、実話を元に松本清張が現地取材をして作り上げた。1969年に発表の本書をレビュー。(編集部:ネタバレせずに読めます)
まず、「あらすじ」は、以下の紹介文を読んでもらえると、話が早いです。
文庫の紹介文
19××年の8月末の夕方、アムステルダム市内の運河に浮かんでいた、銀色のジェラルミン製トランク。ーーーその内部には、血まみれの下着と共に、首と手首と脚を切断された、男の胴体があった。オランダ警察は、下着の文字と黄褐色の皮膚から、被害者は日本人と判定、身元は、ベルギー駐在の一商社員と知れた。・・・・・・
国際犯罪を描く、巨匠松本清張の本格推理小説!
松本清張の物語は、前半が独身の若い商社マンが殺害され、警察によって調査される内容で、後半は経済雑誌記者の「私」と、その友人である医師が捜査打ち切りになった事件の真相に少しでも近づこうとオランダ、ベルギーに渡って調査する構成です。最後は二人の推理が展開します。
このお話が面白いのは、清張が実話を元にして書いたというポイントです。小説と実話では人物や会社の名前は変えてますけど、現実世界で実際にバラバラにされて運河に浮かんだ日本人がいました。
可哀想だけど何かトラブルに巻き込まれたのかな? 欧州大陸は変な危険も多いので、特に日系企業は危機管理が甘いと、やっぱり足元をすくわれますね。
個人的に、ブリュッセルにある日本の商社の人たちは何人か知っていますけど、この事件の真相を知っている人にはついぞ会ったことがないです。だいぶ昔だし、知っていても、言うわけないか。
ネタバレしないように、あまり細かくは語れませんが、面白な〜と思ったことをいくつか紹介させてください。
まず、ブリュッセル勤務の商社マンが殺害されて、発見されたのがアムステルダムの運河の場合、捜査をするのはオランダの警察なんです。だからベルギーの警察は「協力」するだけ。で、担当のオランダの警部は、ベルギーの警察がやる気がないもんだから、憤慨してる。オランダとベルギーの仲が悪いとか清張は書いてます。
それから、街の様子や郊外の風景とか、さすが清張という感じでうまい。運河クルーズで、船が水面に映る風景を崩しながら進んでいく描写など現場取材のおかげで臨場感ありますし、ベルギーのほうではカンブルの森で殺されて埋められてても、誰も見つけてくれないよな〜という感慨も、まさにそう!
ただし、ブリュッセルの街並みが、13〜15世紀の中世の面影を残しているっていうのは、言い過ぎ。グランプラスも含めて、そんなに古いものはあまり目に入るところにないです。同じく「中世風の出窓」って、ポール・アンカー風のアール・ヌーヴォー様式のものじゃないかな?清張先生、混同してませんか?こういうのは担当編集者なり校閲の人がツッコミ入れるべき事実チェックかも。
もう一つ、酒飲みの私には許せない間違い発見。被害者をよく知る商社の支店長さんから事情を聞き出そうと、ホテルのレストランで食事するシーンで、「この国の名物ジャンボン・ダルデンテを皿の一つに加えることを忘れなかった」という一文があります。
これ、Janbon d’Ardenneだと思うんですよ。アルデンヌ地方のハムってことですが、イタリアのパスタみたいに「Al Dente」になってる。「歯ごたえありハム」?
最後が「テ」じゃなくて「ヌ」に書き換えてください!いや、これって印刷所の植字ミスかな?
あとは、ベルギー人より真面目っぽいオランダ人のほうを清張さんが若干よく書いているのが、気になりますね。ベルギー在住としては、ついついベルギーを贔屓目にしてしまいがちです。
この作品を読むと、旅行した気分にもなれるので、ベルギーに住んでいる、住んだことのある駐在員さんとその家族には、オススメの本かも。危機管理もしっかりせんと、運河なり北海に浮かんだり、カンブルの森やその辺の公園に埋められるかも、と自戒の念も高まる作品でもあります。
ちなみに、実際の事件の情報についてはこちら。(リンク)
by Tyltyl 13.may.2018