お高くとまったパン屋さん

少し前から気になっていたパン屋さんがある。最近オープンしたのか実は老舗なのかは分からないが、建物の外観やディスプレイがお洒落で、見た目に美味しそうな匂いがする。一度のぞいてみたいと思いつつ、これまで機会を逃してきたのが、この間やっと入ってみることができた。ミチルは人見知りがひどい。それが初めて会う人だけでなく、新しいお店に足を踏み入れるにも大変な勇気を必要とする。 万が一欲しいものがなかった場合、何も買わずにお店を出てもお店の人は気分を害さないだろうか、などなど余計なことを考えてしまう。

よかった、先客が何人かいる。私一人だったら、お店の人からずっと注視されて、買い物しにくいったらない状況になるだろう。ふう、これでゆっくりお店の中を見ることができると喜んでいたら、、、4人ほどいた若い女性客たちはみんな一緒のグループだったらしく、一人が買い物を済ませると、全員一緒にさっさと店を出てしまった。あれ、店に残されたのは、もう私一人。

まだどんなパンがあるのか見てもないのに 「ボンジュール、お決まりでいらっしゃいますでしょうか?」とプレッシャーをかけられる。気の小さなミチルは「もう少し見せて下さい」とも言えず、慌てて目の前にあった美味しそうなパンをいくつか素早く見繕って「じゃあ、このMiroir à la crèmeと、その横にあるそれとそれをお願いします」と慌ただしく注文。

店中はパンの焼ける香ばしい匂いに溢れ、デコレーションも抜群で、すべてが美味しそうに美しくディスプレイされている。しかし、残念なことに店員さんがあまり親切ではなかった。いや、もしかするとミチルの期待値と異なったためにそう思えたのかもしれない。パン屋さんで働くお姉さんたちは、みんな明るくて優しくて親切で、どこか庶民的だと思い込んでいた節がある。

ミチルの勝手な妄想によると、このパン屋さんで働くベルギー人女性は55歳。最近何らかの家庭の事情があり、どうしても働きに出なくてはならなくなったが、もともとお金持ちの奥様だったものだから、パン屋さんで働かざるをえない自分の境遇に不満を持っている。「私、本当はこんなところでパートで働いているおばちゃんじゃないんだから。あー、もう、わけ分かんない、アジア人にまでパンを売らなくちゃいけないなんて、もう頭にくるわ」。ため息をつきながらパンを袋に入れているマダムの心の内側が透けるように見えてしまったのである。私がアジア人だから特に差別されたわけでもない。若い女性客グループに対しても「なんでこの若造どもに」という彼女の態度が感じられた。

思ったより安かったので、こんな金額でカード支払いは申し訳ないと、彼女に現金の紙幣を渡そうとすると「そこの機械に入れて」と顎で指していう。そこには確かにパン屋には少々不釣り合いな、最近見かける自動支払機が置いてあるではないか。残念ながら、私の持っていたお札は少々くたびれており、何度トライしても機械にうまく差し込めない。不機嫌なマダムは、そんな私を黙って見つめるだけ。釣り銭のいらない金額を用意したのだから、そのまま受け取ってくれてもいいのにと思いながら、私は「やっぱり銀行のカードで支払います」と少ない金額をカードで支払った。

現金なのに機械で支払いだなんて、なんだか味気ない。どうして機械なんだろう? 衛生面を考えて? お金を触った手でパンを触るのが不衛生だから? でも超清潔好きの日本じゃあるまいし。まさか偽札防止? パン屋で100ユーロ札を出すかなあ? そんな大した金額じゃないよね。どんなに頑張ってもパンはパンだし。あ、店のオーナーが、レジの店員がいいかげんで誤差が大きく出るのに業を煮やして、お金を触らせないようにしたとか? うーん、これが一番正しいのかも。そうするとマダムの行動も理解できなくないか。それにしても、もう少し気持ちよくできないもの?

せっかく素敵なお店を見つけたと思ったのに、彼女の愛想とやる気のない、お高くとまった対応のせいでリピーターになる気がすっかり失せてしまった。ヨーロッパのお店は顔なじみになるまで通わないと仲良くなれず、良い対応をしてもらえないことが多い。いつもミチルは道半ばで挫折し、常連の地位を得るまでに通いつめることは稀である。

気になったお店でも一度訪問してしまえば満足してしまい、よっぽどのことでない限り2度目がない私の「浮気性」が、なじみ客になれない一番の原因かもしれないけれど。12.mar.2016