ボルドー2017

ボルドーに一緒に行かないかと誘われたのは2月の終わり頃だったか、親しいフランス人とドイツ人の夫婦の家で食事をしていたときだった。フランス人の奥様Lのほうがワイン好きで、よくパーティーで美味しいワインを振る舞ってくれる。彼女は日本にも非常に興味と愛着があり、よく友人を訪ねて日本へ旅をする親日家だ。

彼女が企画して、4月中旬に、他の友達も引き連れ総勢20人のバスツアー。一緒に2日間かけてシャトーを巡るものだ。今回はボルドーのメドック地方が中心。

ボルドーといえば、濃い味わいの赤ワイン。「ワインの王様」と言われるブルゴーニュと並び、「ワインの女王」と称される聖地である。そのなかのメドック地方はカベルネ・ソーヴィニヨンを主体として、多少メルローで補助したものが多い。若いワインはタンニンの渋味が強烈でアルコールもストレートに感じられる。10年以上熟成させていくと、重厚かつ香りの華やかな素晴らしいワインに成長していく。 

せっかく遠出してボルドーに行くのに、メドックだけというのも、もったいない気がした。そこで、グループツアーに先立ち「プチひとり旅」をすることを思いついた。ボルドー空港で単独でレンタカーを借り、サンテミリオン地方とポムロール村の高級シャトーの畑を見て回ろうというアイデアである。同じ「ボルドー」でもメドックとサンテミリオンは別モノである。第一、使っているブドウの種類が違う。そして、海に近いフラットな土地のメドックと、川の上流で丘陵地帯のサンテミリオンでは土壌も違う。柔らかく温かみのある味のメルロー種を主用とするサンテミリオンも見ておきたい。

こうして、イースター休暇の時期にあわせてワインの聖地を冒険してきたのだが、青い鳥ファン読者のなかにも、ワイナリー巡りにご興味がある向きもあると思うので、ご参考までに「旅のしおり」と想い出を記しておく。最初に、これは特に高級シャトーだけでもないし、特に観光客向けに作られたツアーのような旅でないことは、ことわっておかねばならない。特に前半は結構フリーハンドな思いつきが多い、、、。

 

●初日(ボルドー市・リボルヌ村)2017年4月6日(木曜)

ブリュッセルからボルドーまでは、直行便がある。ザヴェンタムだとブリュッセル航空、シャルルロワだとライアンエアーの格安便が飛んでいる。基本的に行きは荷物なし、帰りはワイン満載、という図式なわけで、手ぶらが安いライアンを選択。リュックひとつに最小限の荷物をまとめた。ミディ駅のオルタ広場のそば(Rue de France)からシャルルロワ空港までシャトルバスが出ている。

https://www.brussels-city-shuttle.com/en#/

7時半のバスで8時半には空港に着き、10時45分のフライトで離陸。ボルドーには12時20分に着陸する。すぐさま予約していたレンタカーをピックアップして、13時すぎにはハンドルを握っていた。安いレンタカー会社のまずい対応には毎回辟易させられるので、対応のいいSixt社で小さい車を借りた。次の日の18時まで予約。

https://www.sixt.be/

ちなみに、普通の市バスに乗ると、空港から市街地まで1.5ユーロで行ける。40分くらいかかるが、バジェット派には朗報。

さて、車を借りたらまずボルドー市内を目指した。到着すると14時を過ぎていたが、川のほとりのビストロではキッチンが開いていた。お店のマダムが私のフランス語を聞きそんじて(une personと言ったのにune pressionに間違えられた)、いきなりビールが出てきたのには苦笑したが、喉が渇いていたので勘違いに便乗し、ビールを飲み、美味しいバヴェット・ステーキをいただいた。

街の中心をさらりと見ただけで、一路サンテミリオンを目指す。ボルドー市内から50キロもあり小一時間のドライブである。ただでさえ慣れない道で、ボルドーは意外に大都市で中心部は渋滞もひどい。優雅にランチ休憩なんかしなければよかった。なんとか街を抜け出すと、道もスムーズに流れてきた。

サンテミリオン到着

サンテミリオンは、淡く暖かい黄色の石と、くすんだ赤いレンガ屋根の建物が印象的な古びた街だ。

小高い丘の上に街の中心がある。お決まりだが教会があり、広場があり、観光案内所がある。ちょっと息を切らしながら歩いて登ると、周囲のワイン畑やシャトーが見渡す限り広がっており、ワインの聖地に到着した感慨に浸れる。

観光案内所のサイトでは、どのシャトーが観光客を受入れているのか、情報を提供している。これ以外のシャトーを見学したい場合は、直接電話をするなり、メールするなり連絡する必要がある。とはいっても、一度に受入れられるビジターの数は限られているので、電話予約は必須である。

http://www.saint-emilion-tourisme.com/

ワイン屋さんを冷やかし、バカラグラスやソムリエナイフを見ていると、もう17時になっていた。4月の好日、日はまだ高い。かといってシャトーはだいたい18時に閉まるので、見学は不可能だ。再び車を駆って、高級シャトーの畑を見に行くことにした。

サンテミリオン地区は、ドルドーニュという名前の川の右岸にある。シュヴァル・ブロン、オーゾンヌ、アンジェリュスが特に有名なシャトー。1955年に格付けが決定され、その後69、86、96年にその見直しがされている。2006年の格付けは、審査員のなかに利害関係者が入っていると訴訟が起こった。もちろん降格の憂き目にあったシャトーたちがクレームをつけたわけだ。その後、2012年に外部組織INAOが審査して格付けが確定。おなじく隣接するポムロール村は、公式な格付けはないが、超有名なペトリュスが君臨する。ボルドーで1、2位を争う高級ブランドだ。

こうした高級シャトーの敷地は、非常に美しく整備され、もちろんシャトーの建物自体も歴史の威厳とお金の匂いをプンプンと漂わせている。ワインの木も樹齢が40年以上あろうかという立派な幹が堂々と畑に根を張っている様子が見えた。4月のこの時期、若葉から柔らかく小さな花のつぼみが顔をのぞかせている。

土壌の質により、味と香りが変わり、同じ葡萄の品種でも結果が変わってくる。

もちろん値段も変わってくるわけだ。

1本1000ユーロもするワインの隣の畑で、1本100ユーロのワインが作られている。

歩いて越えられる距離と、10倍もの価格差という、二つの現実。

高級シャトーの畑では、特にこれといった畑仕事がない時期にも関わらず、常に作業をしている人影が散見される。美味なるワインを生み出すには、努力も必要なのだろう。

ラ・フラー・ペトリュスの菜の花畑を眺めて一息ついたところで、宿をとったリボルヌ村に向う。Hotel Kariadにチェックイン。味も素っ気もないが、清潔なビジネスホテル。対応も親切。

夕食はCosy Tournyという地元のレストランに行った。久しぶりのひとり旅で、食事もひとり。サンドウィッチをホテルの部屋でかじってもよかったが、それでは初日からあまりにも寂しい。コージーというくらいだから、ひとりでもくつろげるだろうと思ったら大正解。落ち着いた角っこの席で地元料理にありつけた。前菜は兎のテリーヌ。メインは鮫のソテー。

兎に鮫、、、こうなると「因幡の白兎」の登場人物(動物?)を両方とも食べたことになる。不思議。テリーヌは素朴な味わいで、鮫の身は弾力性のある食感と濃い味わいが面白かった。

ワインはグラスでCastillonのChâteau La Roche Beaulieuを前菜に、Margauxをメインに合わせた。ワインの魅力は食事と合わせたときの変化にも感じられる。食事の脂とワインの酸味が混ざり合うと、両方の良さが鮮明に立ち上がってくる。特にパテやフォアグラ類はワインと合わせたときにこそ、これぞフランス料理という感覚を味わえる。

 

●2日目(サンテミリオン地区)2017年4月7日(金曜)

翌朝。今日はいくつかシャトー見学をしようと計画している。しかし、その前にリボルヌの中心広場で朝市があるというので行ってみた。どうせ最初のシャトーは10時からしか開かない。ホテルをチェックアウトして8時に到着すると、まだグズグズと準備をしているスタンドも多い。どういうことだ。田舎なのでのんびりしているのか。

結局、ここでは豚専門の加工食品屋さんでパテを買ったり、田舎風のバゲットを買ってみたり、調子が出ないまま広場をグルグル回ることになった。それでも遠方の土地の風物は面白い。名物のカヌレは予想していたが、生きた鳥を売っているお父さんのところに、見慣れない鳥が。聞くとパンタード(Pintade)という。ジビエのような味で、日本語ではホロホロ鳥と訳される。あとでフランス人のLに聞くと、パリでは時々見かけるが、ベルギーでは見たことがないという。立派な値段で1羽丸ごとが20ユーロ以上する。他にも鰻や謎の黒い根菜もあったが、これは今でも正体不明である。

 

Château Saint Georges

http://www.chateau-saint-georges.com/

天気もよく最高のシャトー巡り日和だ。

最初の目的地はシャトー・サン=ジョルジュ。門前に古くて大きな松が2本そびえる、絵に描いたようなシャトーだ。17世紀初頭にアンリ4世がボルドー議会の弁士に売り、18世紀に今の建物が造られた。建築家はボルドーの劇場を設計したヴィクトール・ルイ。ネオクラシック様式。

ワイン畑は45ヘクタール。粘土~石灰質。シャトーの名前のChâteau St. Georgesと、若い葡萄を使ったセコンドChâteau Puy St. Georgesの2種を生産。Château St. Georgesの2011年を1本購入。(€26,40)ブリュッセルのスーパーロブにもあるらしい。ただ倍の値段になる。これも後で知ったのだが、数十ユーロ台のワインに関しては、欧州諸国で買う値段はシャトーで買う値段の倍というのが相場らしい。それからレストランで飲む場合、さらに日本に輸入された場合の方程式は恐ろしくてあまり知りたくない。

朝イチの見学者は私ひとりだった。シャトーのお姉さんは、「この回は貴方お一人ですから、自由に楽しくやりましょう!」という。初の訪問から高待遇で嬉しい。歴史、建物、畑、土、醸造、熟成、テイスティングまで、しっかり説明してもらえた。階段の両脇にあるライオンの彫刻や、男性と女性の味覚の違いについてなど、おしゃべりして、すっかりこのシャトーのファンになる。ワインは味も重要だが人も重要だ。

 

Château Coutet

http://www.chateaucoutet.com/

次に訪れたのは、シャトー・クーテ。EUのオーガニック・ファーミングの印をつけた自然派シャトーだ。

先ほどのジョルジュに比べると、建物自体は地味め。林に囲まれたワイン畑という印象。

少し遅れて到着したら、英語のグループが畑にいた。畑では虫除けにフェロモンのスティックを使っている。これのおかげで農薬の量を減らせる。そして葡萄だけでなく、他の果物や植物を意識的に植えることで、畑の生態環境を多様で自然に保つよう努力しているという。畑の中にはトラクターは入らず馬を使う、発酵時には人が撹拌する、熟成のバクテリアは自然にあるものだけ。かなり労力が必要とされそうですね。

また、このシャトーのカーヴから発見された昔のワインボトルというのが興味深い。吹きガラスで作られたもので、コルクではなくガラスの栓が使われていたため、今でも中身が蒸発せずに残っている。ボルドー最古のワインかもしれない。ハートの形をした栓がキュートなので、数量限定で復刻版を作っている。

英語グループが去ったあと、フランス語にスイッチしたお姉さんが水を得た魚のように、私が聞き逃した前半部分を解説してくれた。やはり情報量がフランス語になったほうが多い。グループ解説だと「国際語」である英語になりがちだが、ガイドさんの母国語のほうがいいのだなと実感。Cuvée Demoiselle 2014を購入。(€50くらい)

ここでお昼休憩。Château Coutetのジュリエットさんに紹介してもらったLa Terrasse Rougeに行く。ここはLa Dominiqueというグランクリュに併設されたレストラン。その名の通り赤いガラスの砂利を敷き詰めたテラスのある店。サンテミリオンに君臨するシュバル・ブランのモダンな建物を借景に、前菜のフォアグラとドミニック2011をいただく。(次のシャトー訪問まで時間がないので、メインは取らず)

La Dominiqueはいかにも高級ワインの濃厚な味わいだが、今ひとつ感動できなかった。香りのフレッシュさに欠ける。もう少し酸味があったらいいのかもしれない。

(ここで事件は起きる・・・!)

フォアグラ(写真上)はMi-Cuitとメニューに書かれていたが、生で出てきた。下の赤ワインゼリーと苺、ルバーブ、ミントの組み合わせは素晴らしいと思う。が、Mi-Cuitを期待していたのが裏切られたのが、後からどうしても気になってきた。なぜ生なのか説明があってしかるべきだ。どうも接客も慇懃無礼で、いけすかない。高級店が親切でないのは致命的だ。私がミシュランの覆面捜査員だったら、けちょんけちょんに書いてやるのに。(ささいなことなのに、食べ物の恨みは深い・・・) 

La Dominique

http://chateau-ladominique.com/

La Terrasse Rouge

http://www.laterrasserouge.com/

次のシャトーへ。 

Clos la Madeleine

http://www.clos-la-madeleine.com/

約束の14時にシャトーにたどり着くと、そこに美しい女性が現れた。朝から説明をしてくれるのは女性ばかりで、しかも判で押したように皆様お美しい。友人のLは「マーケティング」が重要だからね、という。 

クロ・ラ・マドレーヌは、格付けでGrand Cru Classéを持つ「プチ・シャトー」だ。なんといっても、2ヘクタールそこそこしかない。正確な表面積は2.29ヘクタール。サンテミリオンの1シャトーあたりの平均面積が8ヘクタール、メドック地方に行けば20ヘクタールもあるなか、2ヘクタールは小さい。葡萄の木も樹齢がバラバラに植えられており、古くなった畑の部分をそっくり植え替えるようなことはしない。収穫も手作業なら醸造から熟成もすべて手作業で行われる。2006年から、Hubert de Boüard氏を醸造コンサルとして迎えている。

http://www.hubertdebouardconsulting.com/

これは後になって知ったことであることを白状したうえで、、、サンテミリオンの「グラン・クリュ」という称号には注意が必要だということを書いておく。「グラン・クリュ」というと最上級ワインのような印象だが、これが最上ではない。ただ単にGrand Cruと書かれたワインは、2012年9月の格付けから漏れたものである。「単なるグラン・クリュ」のシャトーは百単位の数が存在するようで、現地価格も20ユーロ台から存在する。美味しいワインだが、けっして高嶺の花ではない。

一方、2012年の格付けは、それなりに数が絞られていて、おおまかにPremiers grands crus classésというカテゴリーと、その下のGrands crus classésというカテゴリーに分けられる。18登録されたプルミエのうち、Aという特別の称号がついたシャトーが4つあり、これが最上と言える。価格も数百ユーロする。「グラン・クリュ・クラセ」のほうは64登録ある。こちらも相応の価格である。

紛らわしいのは、「ワインの王様」を生むブルゴーニュ地方では「グラン・クリュ」が最上で33のシャトーが登録されている。サンテミリオンの数百の「単なるグラン・クリュ」とは使っている称号の文字面が一緒でも、価値がだいぶ異なるだろう。さらにブルゴーニュではグラン・クリュの下に位置するのがプルミエ・クリュというから、サンテミリオンと比べて「ねじれ現象」も発生しているわけだ。

「グラン・クリュ」を飲んだ、「プルミエ」を飲んだと言って自慢する前に、どの地方のどの格付けかを知っていないと恥をかくことになる。

https://www.vins-saint-emilion.com/sites/default/files/classement_des_crus_de_saint-emilion_2012.pdf

https://www.legifrance.gouv.fr/affichTexte.do?cidTexte=JORFTEXT000026585161&dateTexte=&categorieLien=id

ちなみに、クロ・ラ・マドレーヌは2012年に外部組織INAOから「グラン・クリュ・クラセ」のお墨付きをもらっている。「格付けを獲得するのは非常に難しい。失うのは非常に簡単である」とはガイド役の美女の言である。

<この旅は続くが、原稿はまだ>

written by Tyltyl on 28.apr.2017

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